細き川に溺れたい

   Volo equitare in unda FOSOCAUA... 細川家に関する独り言を綴るだけ

英甫永雄の頂相 / 論文紹介

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先日、京都の舞鶴市近郊で活動されている地方史研究会の方々が発行されている会誌を購入したんですよ。
HPに在庫等の情報が掲載されており、メールで購入依頼ができますので、気になる方は是非!「会誌」のところをクリック!↓
舞鶴地方史研究会

在庫が残っていない号であっても、コピー代の実費を支払えば送っていただけるという親切さ。
ありがたい限りです。

で、こんな論文があったのでご紹介!

中嶋利雄, 田辺一如院と英甫永雄, 舞鶴地方史研究, 27, 1-20, 1994

しっかし最近、本当に細川家に連なる五山禅僧の記事ばかりアップしているなwww

英甫永雄の肖像画について

で、内容もさることながら、そう!ずっと気になっていた英甫の肖像画が表紙めくってすぐに表れてめっちゃビビった!!!笑
アイキャッチ画像のやつです!!!!
以前この記事で触れていた、建仁寺に所蔵されているやつですねコレたぶん!

え~~~~~!?
英甫イケメンじゃねぇ!?!?!?!?

すっごい切れ長のいい眼をしていると思いませんか!?現代風のかっこよさ!??

これはアレか、父方の武田家の血なのか、もしかして母の宮川尼がこういう系だったりしたのかなぁ!?!?
こんなイケ禅僧が年若い少年僧とブロマンスしてたとか、ナニソレ!!そんな小説読みたい!!!!笑

細川家の面々(幽斎さんや忠興、忠利など)とはあんまり似てない感じ?

論文の内容

さて、論文の内容とは関係ないところで、一人で盛り上がってしまったわけですが(苦笑)
本文では、建仁寺十如院、田辺や福井にあった”一如院”と英甫との関係や、田辺や宮津で活動していた英甫のこと等を中心に論を述べられている。

田辺界隈に残る英甫の事績では

  • 沼田家関係の拈香文
  • 即安梅心童子画像讃
  • 中院通勝との交流

などがあげられている。


一つ目については、沼田光兼(=麝香の父)の三十三回忌や光兼の息子である一之斎弥七郎の拈香文を書いているのだそう。
田辺近辺には、祥雲寺や宮津珠光庵、文殊智恩寺など沼田家ゆかりの寺も多かったらしい。


二つ目については、細川家好きなら知っていますかね?
一色氏や明智光秀の供養塔や首塚が残されている盛林寺が所蔵している、幽斎さんの早逝した息子の像です。
細川家の家譜などには出てこない息子で、不思議な存在ではあるのですが、本論文では一歳にも満たずに亡くなったからか、と指摘があります。
この像に、英甫が讃を書いています。
所蔵先の盛林寺、こういう幽斎さんに関する後ろ暗い(?)関係者関連のものが残っているのです。
実は訪れたことがあるのですが、住職さんがめちゃくちゃ気さくで、お茶を御馳走になった(笑)

また英甫の漢詩集である『倒痾集』には、自らの讃とともに、幽斎さんの追悼歌も載っている。五十歳に近い年に生まれた息子の死をとても悲しんでいる内容だそうだ・・・


三つ目は、千句を一緒にやったりした記録が残っている中院通勝ですね。
これは有名ですかね。
以前、玄甫の記事で田辺の宗雲寺にあった宗雲寺の開山塔を也足と号したことに因み「也足軒素然」と称したという話があると触れました。
この論文でも

久美浜宗雲寺「也足亭」は彼のとどまったところという。

と指摘されているので、確かっぽいですね。出典は載っていないけど。。。
それから

田辺では年取島を中院の隠棲地伝えている。

とのこと。

ところでこの年取島、ちょっと調べたらこんなん出てきたwww
年取島 - Wikipedia

1580年(天正8年)、中納言中院通勝卿がこの島に滞在している時に、田辺城城主の細川幽斎が、船で島に通い、夜を徹して和歌を語りあったところ、島で初日の出を迎えたので、細川幽斎が 年取島 と名付けたと言い伝えられている。

出たよwwwどこでも幽斎wwwwwwまたお前かwwwww好きwwwww

はぁ!新しい論文を読むと、どんどん話題が広がって楽しいなぁ細川沼!!!!!笑
今回もまた結局すべては細川幽斎が持っていく記事になってしまったが、許してほしい!!!笑