細き川に溺れたい

   Volo equitare in unda FOSOCAUA... 細川家に関する独り言を綴るだけ

大阪歴史博物館「細川ガラシャと大坂」:講演会参加記録

f:id:nashoy:20211112201501p:plain
2021年11月3日、大阪歴史博物館の開館20周年記念 館長講演会「細川ガラシャと大坂」に参加してきました。
大河ドラマ麒麟がくる」の放映に合わせて、前年度に開催が予定されていたけれど、コロナ禍で中止になってしまったんですよ(その時も申し込んではいた)
延期して開催していただいてありがたい限り。
対面での講演会の参加自体、1年以上ぶりだろうか・・・

感想

講演内容や資料等については無断転載禁止、ということだったので、メモ程度に留めます。
細川クラスタからすれば、ものすごく目新しい情報は特にはなかったかなと思います。
ガラシャの生涯をざっくりまとめつつ、意外と大阪はキリスト教の布教には重要なところだったよということをからめて、お話ししてくださった感じ。
キリスト教会の場所や、大坂にあった細川家屋敷の場所についても、史料から読み解いて推論してくださいました。
あと、館長先生としては細川興秋の生年は「天生13年説」を推したいとのことでした。宣教師側の史料に残されたガラシャからの証言をもとに、大阪屋敷が出来上がってすぐに忠興と玉が復縁した後に、興秋が生まれたのだろうと。

最後にちらっとスライド資料でのみ提示してくださった明治末と昭和初期の「越中井」の新聞記事や写真はなかなか興味深かったです。
あと、ガラシャ自刃後に焼けてしまった屋敷について、再建されたかどうかは不明なんだそうですが、十年以上後も「玉造の焼屋敷」「越中殿焼屋敷」という呼び名が残っていたというのも面白いですよね。記憶に残る焼失だったのだろうなぁ。

講演中、ちょこっと気になったところもあった。
史料として「兼見卿記」もいっぱい出てくるんですが、親戚だからこそ、細川家のいろんな情報が残っているよってのは触れてほしかったなと。聴きに来られてた方は、細川家に詳しかったり興味ある人ばかりではなかったと思うので。
あとは、興秋のこと。
時間がなくて十分に説明できなかったのだと思いますが、興秋が細川家から出奔したことと、関ヶ原で西軍についたことの、前後関係というか文脈がぐちゃっとなってしまっていて・・・
なんだか西軍についたことが要因で本家から離反したと捉えられかねない感じの説明になってしまっていて、細川家好きとしてはヒヤッとしました(汗)


そして今回のBest of ニヤニヤは、大阪屋敷のときも、伏見城下の屋敷のときも、正式な秀吉からの命を待たずに、城普請とほぼ同時に屋敷を建設し始めている忠興ですww
先を読んでうまく立ち回り、時の権力者に嫌われない策を自発的にとれるところ、とっても忠興らしくてニヤニヤしましたww

講演会の後に

で、いつか行こう、いつか行こうと思って行くことができていなかったので、講演会終了後に「越中公園」と「越中井」を訪ねました。
大阪城下にあった細川家屋敷跡の周辺には、現在は公園と教会が建っているんですね。細川屋敷は二ノ丸から目と鼻の先って感じだったそうな。
で、屋敷にあった井戸の跡も残っていると。

f:id:nashoy:20211112200259j:plain
f:id:nashoy:20211112200501j:plain


NHKホールにコンサート聴き行くたびに、ちょっと足を延ばそうと思いながらずっと(めんどくさくて)行っていなかった場所です。
今回はせっかくガラシャと大坂に関わる話を聞きに行くということで重い腰をあげました。

私以外にも、おそらく講演会に参加されたのであろう方が数名、見学に来られてましたね(笑)
当初は講演会の前に訪問しようと計画していたのに、朝寝坊したので講演会後に訪れることになりましたw

越中公園は、親御さんに見守られつつ近所のお子さまがたくさん遊んでおられて、なんだかほっこりしました。
f:id:nashoy:20211112200537j:plain
越中井の横の道路挟んだ歩道には、「細川越中守忠興屋敷跡」という石柱が!
まだ新しそうな感じだっただので、わりかし最近設置されたのかも?なんだか嬉しいですね~
f:id:nashoy:20211112200604j:plain

ガラシャについて

前にも書いているかもしれませんが、私は「細川ガラシャ」「明智玉」という人物に、単体としてはほぼ興味がない。
例えば「明智玉」が嫁いだ先が、池田家であるとか柴田家であるとかだった場合、同じような歴史の悲劇が起こったとしても、彼女へ興味を持つことはなかったと思う。
つまり、私にとって彼女は「細川家の嫁」「細川忠興正室」「細川忠隆・興秋・忠利・於長の母」でしかなく、それ以上でも以下でもない感じ。
好き嫌いではなく、細川家の文脈の中でしか見られない人物なんですよね。

なので、「細川ガラシャ」って銘打たれたものを見ても、それだけで飛びつこうとは思えない。
と言いつつ、ガラシャ関係の話題で細川家が関係しないわけはないので、結局確認はすることになるww

今回も「ガラシャの話」が聞きたかったというよりも、「その周辺の細川家の話」を聞きに行ったというのが正しいところ。
京都・東京・熊本で細川家の話を聞く機会はありますが、大阪で聞く機会もそうないので、貴重な経験でした。

いろんな土地やアプローチで細川家周辺のことが掘り起こされるのは私の幸せにつながるので、皆様どんどんやってくれていいんですよ!笑