細き川に溺れたい

   Volo equitare in unda FOSOCAUA... 細川家に関する独り言を綴るだけ

玉蔵主とは?月岑長玉とは?


藤孝さんの甥・空盛や異母弟・恵祐のことを知った以下の論文に、他にも新たに知った名前があります。
こちらもメモメモ。

生嶋 輝美, 家臣団形成期の細川藤孝と「東寺の宗及」, 年報中世史研究, (48), 99-129, 2023

天正十四年(1586年)に東福寺善恵軒関係で「玉蔵主」という人が問題を起こしたようで(?)その解決に「玄旨父子(幽斎さんと忠興)」や英甫永雄、空盛が動いているようです。
はて、「玉蔵主」とは・・・?

玉甫紹琮?

東福寺臨済宗なので、藤孝さんの関係者で「玉」とつくとなると、私の頭には玉甫紹琮しか出てこないわけですが・・・
そして「細川家と禅宗文化①」というブログ記事でちらっと書いていますが、『龍寶山志』という大徳寺の記録によると玉甫はもともと東福寺にいたらしいのですよね・・・良室という名でいたっぽい。
玉蔵主=玉甫のことだすれば、もちろん、藤孝さん関係者。
また、玉甫にとっては英甫も空盛も甥(姉・宮川尼と兄・三淵藤英の息子たち)なので、全員血縁関係者ではある。。。
天文十五年(1546年)生まれの玉甫は、この時40歳ほど。兄や甥を巻き込んでなんかやらかしたんかなぁ?

天正十四年に大徳寺130世になった、みたいな情報も出てくるな・・・
この年に東福寺大徳寺に移ったりして、なんか問題が発生したとかだろうか?

月岑長玉?

九条家文書6」にこれらに関する文書が収録されているのですが、眺めていると「玉長老」という人物が出てきて、この人は「月岑長玉」というらしい。
「玉長老」=「玉蔵主」?であれば、月岑長玉が藤孝さんの近親者ということ?

確かに○長老とかいう場合、最後の文字をとることが多そう(玄圃霊三=三長老、英甫永雄=雄長老、梅印元冲=冲長老という具合)なので、玉甫じゃなくて、この人っぽい?
で、誰?っていうのは変わりませんが(笑)

「蔵主」というのは”禅寺の経蔵を管理する僧職”(コトバンク)らしいので、月岑長玉が東福寺でそういった役割を担当していたってことなんかなぁ?

Googleブックスで「月岑長玉」の検索結果をぱらぱら確認してみると、次のことが言えそう?

  • 松永永種(幽斎さん大好き貞徳の父)が、7歳で東福寺の喝食(かっしき)になり、永明院にいた月岑長玉の童役をつとめたこと
  • 天正十三年正月十日に寂したこと

ほぉ??松永永種とつながりがある???
1938年生まれの永種が7歳の時には既に大人だったということでいいのかな。
1910~20年代生まれくらい??
天正十三年(1585年)に亡くなったってことは、まぁ70代以降くらいで亡くなったとかかな。
件の文書は天正十四年のやりとりなので、月岑は既に亡くなっているってことか・・・
死後に色々と問題が発生してしまったとかでない限り、月岑ではないのかな?

↓のHPによると、東福寺219世に「月岑長玉」の名がみえる。
東福寺 - SHINDEN

218世の惟杏永哲って、なんだかちょこちょこ見る名前・・・
と思ったら、西教寺の秀吉像に玄圃と一緒に讃をしている人だった。

ちなみに、玉蔵主がもめているのは、216世の笑隠善樟が亡くなったことと関係あるっぽい?

東福寺誌」によると、月岑は第224世で「石見益田」の出身だった模様。現在の島根県。もとは崇観時(現在の医光寺らしい)にいたっぽい。53歳で東福寺に来たのかな?
漢字とか合ってるかわからんが、該当記事を書き起こしておく。

天正十三年乙酉(前年豊臣秀吉聚楽第を造る)
正月十日 東福第二百廿四世月岑長玉寂
東福寺歴世〕
嗣二竹心䁀一、南山八世南山ー乾峯ー寰中齢ー石窓珉ー傳宗派ー勝剛柔ー竹心䁀ー月岑 天正十三年正月十日寂、塔二莊嚴院一、
〔月岑和尚略傳〕
師石見益田之人、嗣二-法竹心一䁀歴二-遷崇觀、眞如一、五十三歳而入二東福一、入寺之(日)式、山門、諸堂、室間等、立地之佛事字已、無二小參上堂一、又再住之式亦無、叢林謂二之一日入院一。

䁀(セイ)、寰(カン)と読むらしい。益は縊とかの右旁部分の字だが、出てこない。

そういえばGoogleブックスで検索してたら「雪舟と関係があった」みたいな内容があった。
益田市には「雪舟の郷記念館」があるくらい馴染み深い場所なので、地元でつながりがあった感じなのかぁ。
雪舟は1506年に亡くなってるみたいなので、月岑も生まれは1490年代くらいってこともありうる??90歳過ぎとかで亡くなっていれば、ありえなくはない?

うーーーん、特に細川藤孝と血縁的なつながりはなさそうな気はする。
玉蔵主が月岑長玉だとすると、どうして彼の問題のしりぬぐいを藤孝周辺がしていたのかはよくわからんなぁ・・・
動いている人物たちの関係性を鑑みると、やっぱり玉甫なんかなぁ・・・

と、いうことで、つらつら書いてきましたが
結論:玉蔵主が誰なのか、わからん!!!


(余談ですが、先日、雪舟と三斎に関する論文の複写を手に入れたところでした。また記事にできるといいな)